3rd season last episode
SAFによる掃討作戦が成功し、数々のWANTED達と悪名高く恐れられていたグーラがアバドン刑務所へ収容され、1週間が過ぎた───マスメディアは即刻NARAKUへ送られるはずの重犯罪者達がいまだシティに留まっていることを強く非難し、連日報道した。
偏った情報しか与えられない市民達は怯え、市政に対してデモを起こす団体まで現れ、「犯罪者へ鉄槌を」と声が高まる一方であった。
これについて市長側は今回の掃討によって挙げられた罪人は厳重に収監されており、ロイヤルポリスが法的手続きを取るため事情聴取中の一時的処置と表明した。
だがこの一連の膠着状態には理由があった。
WANTED最大勢力ヘルシャフトのオースティンが市議会議員および警察上層部に根回ししたことにより、警察内部の手続きが遅れているのだ。
いまだ利用価値があるとヴィリーが賽を振ったためである。
それから様に数日───ここはヴィルヘルム城───
何代にも渡り受け継がれた古城の中核に位置する、手入れの行き届いた庭園内。現当主ヴィリーの亡き妻が愛した青い薔薇が咲き誇っている。
幾つか設けられた四阿の一角へ執事長オースティンは居た。後ろ手を組み、背筋を正して立つ姿は全く年齢を感じさせない。
頭を垂れず、真直ぐに庭を仰ぐ横顔は、盲人でありながらも花々を愛でているようにも見まがえた。
「アスラ様。ご足労おかけしました」
鳥の囀りと葉擦れの音だけがしていた空間へ、オースティンの一声。
彼のすぐ傍へ、何時の間にか名指された黒狼が佇んでいた。
「目をお怪我されたと伺いましたが、予後は宜しいのですか」
「任務に問題はない。グーラの方はどう動くつもりだ」
アスラはアイパッチを付けていない方の右目を細めながら話を促した。
グーラの監視役でもあった己が呼ばれたのだ。それ以外の案件は考えられない。
「ジーナ様がご尽力下さり、簡易裁判から通常裁判へ切り替わりました。グーラ様のNARAKU収監の危機は脱したという訳です。じきメディアが騒がしくなるでしょう」
「…つくづく敵に回したくない女だな」
「2日後、シティから離れた刑務所へ収監するため、グーラ様は輸送されます」
「ルート情報は?」
「こちらに」
簡易と違い、通常裁判には数年かかる。夥しい罪状を持ったグーラであればなおの事だ。
どれだけの裏金が動いたのか想像に難くないが、不可能を可能にしてしまうヘルシャフトのコネクションもまた計り知れない。
オースティンがアスラに手渡したルート図も、ロイヤルポリス内に息のかかった者がいるのを物語っている。
「襲撃に見せかけ、奪還しろ、ということか」
「配備される者の中にも協力者がいます。合図があるでしょう。後は、お任せいたします」
「承知した」
そう呟くと、アスラはその場を後にした。
再び静寂が庭園内に戻ってくる。
「───CHIMERAの情報が何処から漏れ出たのか、早急に調べる必要がありますな」
最後にオースティンは独りごち、ゆったりとした足取りで城の方へと歩き始めた。
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オースティンの言った通り、その日の夜にはグーラの通常裁判切り替えと2日後の輸送報道がシティ内を駆け巡った。
シティ全土が驚愕の声を上げる中、ただ1人仄暗い歓声を上げている者がいた。
───グーラ。奴を殺すまたとないチャンス。
ハインドはラジオから聞こえる報道に全神経を集中させながら、自室で立ち尽くしていた。
今ここにいる男はRUNNERでもHUNTERでもない。
その昔、目の前で己の両親を殺した化け物への憎悪に憑りつかれた1人の獣である。
この機会を逃せば厳重な警備体制に化け物が「守られて」しまう。
グーラが捕まってからの数日間、あらゆる情報を集めながら、毎日塀の前まで通った。
金やプライドで好機が手に入るのなら、今の彼は何だってしただろう。
報道の全てを聞き終えるとハインドはコートとメンテナンスを済ませたピストルクロスボウを掴み、突き動かされるよう部屋を飛び出した。
「ハインド、無茶はやめろ」
足早に通路を突き進む中、不意に背後から声がかかった。
だがそんな言葉を投げかけてくるのは1人しかいない。
「邪魔する者は許さない。相手がたとえお前であっても」
言い放ちながら肩越しに振り返ると、そこにはやはりジェイクが居た。
唯一の友人を睨め付けた眼差しは照明の暗い通路で、暗い光と熱を帯び、爛と閃いた。
だがその視線から一切目を背けず、ジェイクはハインドを見詰め返す。
「誰が止めると言ったんだ?1人で無茶はするなと、そう言いたかったんだよ」
「……?」
思いがけぬ台詞に今度はハインドが一瞬目を見張った。
「──協力するとでも?」
「そうだと言ったら?」
「何を馬鹿な」
ハインドが何をしようとしているのか、ジェイクは知らない筈だ。
唯一の友人であっても、過去の話はしていない。
いや、話していないのではない、話せないのである。
心の底に重く冷たい錠をかけてしまい込まれた、あの忌まわしき過去。
それを口に出すこと自体、ハインドには堪えられないのである。
「一切事情を話す気はない」
「解ってる」
「ここへ帰って来れなくなるかも知れない。それどころか何もかも失うことになりかねない」
「大事な友を失うよりは良い」
これからハインドがやろうとしていることは、確かに1人では成功する確証はない。
何よりジェイクは罠のエキスパート。ハインドが今欲しい力を持っている。
……余り悩んでいる時間もない。
ハインドは数秒ほど沈黙してもう一度口を開いた。
「俺は目的を果たすためならお前も切り捨てる」
その台詞には微塵の嘘も混じっていなかった。
「良いさ」
だがジェイクは、そう言って穏やかに笑った。
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グーラ輸送当日────
ハインドとジェイクはRUNNERの職権を生かし輸送ルートを入手、少ない時間の中で搔き集められるだけの武器と準備を進めた。
輸送車に乗り込むSAFの数、車自体の構造、調べられるものは何でも調べた。
ただし唯一なかなか把握出来なかったのが刑務所から運び出される正確な時間だ。
こればかりは厳重に秘匿されていたため、ハインドたちの耳に入ったのは輸送されるほんの数時間前だった。
ルドルフ看守長とグレイドSAF副隊長、他多くの者たちの手によってグーラは堅牢な輸送車へ運び込まれた。
ライオットシティを出たのが夜明け前、輸送先の刑務所はシティからずっと北に位置する。
赤土の低草地帯を抜けた先、山を2つも越えねばならない。刑務所の後ろには国境しかない。
ハインド達が待機していたのは1つ目の山の峠付近。酷く蛇行したS字カーブの最終地点。
下っていく中途に大橋が掛けられており、そこを抜けて次の山を越えていくのだ。
初手は輸送車近くで起こった爆発だった。
ジェイクが仕掛けていたトラップだ。
「!? 爆発!?」
あくまで輸送車内に混乱を起こさせるためのインパクトだったが、ハインド達の予想を裏切ったことが1つ。
既に車内にはアスラがSAFの制服を着てハンドルを握っていたのだ。
シティを出て山に入った時点で輸送車内の内通者が合図を送り、アスラの襲撃を受けた後である。
警備していたSAFの面々は縛り上げられ、山の麓でヘルシャフトに抑えられていた。
「──チッ何が起こった!?」
「おい!追い掛けられてる…!」
助手席に居た内通者がアスラに叫んだ。
輸送車の後ろを砂煙を立ち昇らせながら猛然と食らい付いてくる車が一台。
再びそこで前方で爆発が起こった。行き先を阻まれかけ、アスラが運転に集中せざるを得なくなる。
「あの執事野郎、聞いとらんぞ…代われ!!」
助手席の男に言い放つとハンドルを任せ、助手席の方へ移動するアスラ。
サイドミラーで背後を確認しようとした瞬間、ミラーへ衝撃が走った。
銃撃を受け、大破したのだ。立て続けに衝撃、輸送車の後方の扉へ銃弾が撃ち込まれる。
防弾仕様の車体に横断する銃創。
ハインドが助手席側から身を乗り出し、サブマシンガンを手に矛先を輸送車に向けている。
ハインド達の目標は大橋を抜けた先へ追い込み、ジェイクが仕掛けたトラップで袋小路に追い込むことだ。
アスラは舌打ちをすると、両足を上げながら体をドア側へ反転させ、重厚なドアを蹴り開けた。
「運転を見誤るなよ!」
運転席に叫び、ドア上部に手をかけ、開いたドアに片脚を掛けるとそのまま車体上部へ躍り出る。
「……!? アイツは……!クソ!もうヘルシャフトが潜り込んでいたのか…!気をつけろハインド!」
ジェイクとアスラの目が合った。当然RUNNERであればアスラに見覚えがある。
だがハインドにとっては相手が誰であろうと関係のない話だった。
「絶対に逃がさん」
サブマシンガンのトリガーを引き絞り再びの発砲、今度は地面から上部に向けて銃撃が車体天井へと駆け抜けた。
天板に立膝でいたアスラの横頬を一発が掠める。
「面倒なガキ共だ…!」
アスラは帯刀ベルトに片手を掛けると右手で柄を握りしめ抜刀、閃いた黒い刀身が黒霧を纏って発動する。
即座袈裟斬りに刀を振り下ろすと青白い雷を纏ったショックウェーブがハインド達の車へ襲いかかった。
「!?」
ジェイクがハンドルを素早く切り、衝撃波をギリギリのところで避ける。
反動でハインドが僅かにバランスを崩しかけ、片手がアシストグリップを掴んで堪えた。
「ハインド!」
「このまま行け!!!橋を過ぎるまで!!」
「───させるか!!」
アスラの怒声が被る。両足で天板に踏ん張ると両手で柄を握り直し、一波二波三波と繰り出していく。
最中、輸送車脇で爆発音が起こり、アスラがバランスを崩した。
その隙を突くよう穿たれたサブマシンガンの銃撃がアスラの左肩を撃ち抜いていく。
強い痛みが走り、片膝をつく。僅かに歯噛みをした刹那、肩越しに光を感じて後ろを見やった。
山の木々に覆われ気付けなかったが、陽が登ろうとしていた。すぐ目の前に開けた視界──大橋が見えてきたのだ。
「アクセルを踏み切れ!!後ろを見るな!!」
(橋ごと落としてくれる…!)
石や鉄ではない古い木造の大橋だ。アスラの斬撃なら不可能ではない。
あと100m、70m、30m…
左肩の痛みに耐えつつ、右足を擦り足で前へ出し、両手で後方へ構えた刀身に力を籠める。
「橋だ……!!」
ジェイクが叫んだ。ハインドが砂利で揺れる悪環境の中、銃口をアスラへターゲットした。
車との間合いは30m、双方が橋へとエンジンの唸り声をあげながら飛び出した。
─────その瞬間である。
強烈な閃光が辺りを覆い、続いて凄まじい爆音と暴風が起こったのだ。
その場に居た全員が目を疑い、一瞬時が止まった。
輸送車が爆発したのだ。それは無論ハインド達が仕掛けた罠ではない。
巨大な爆発は橋を粉砕し、アスラはその爆風に吹き飛ばされ、輸送車は炎に包まれながら墜落していく。
ハインド達の乗った車も崩れ落ちる橋から落ち始めた。
「ハインド!!」
「グーラ…!!グーラ!!!!」
ジェイクは機転を利かせ、運転席のドアを蹴破ると宿敵の名を叫ぶハインドを抱え橋下の川へ落ちていった───
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「……ンド」
「……ハインド!」
幸い川の流れが緩やかだった。落ちてくる車の下敷きにもならず、ハインドはジェイクに抱きかかえられ岸まで救い上げれた。
鼓膜にしたたかダメージを受け、一瞬気を失っていたのか、直ぐには己を呼ぶ声に気付けなかった。
「…っ──ここは、何が起こった、──いや、グーラは」
意識が戻ったと同時にハインドの脳裏には仇のことが脳裏を過った。
立ち上がろうとしたが右足に激痛が走り呻く。骨をやったかも知れない。
「頼む、ジェイク、俺を川まで連れて行ってくれ。奴は、奴はどうなった」
「………。肩を貸す、ゆっくり立ち上がれ」
全身の痛みに耐えながらジェイクに支えられ、ようよう数メートル先の川まで向かった。
川には砕け散った橋の残骸が流れ、自分たちが落ちた場所を見上げた…崖に垂れ下がる橋の残骸が僅かばかり視認出来た。
呼吸をするたび痛む胸をシャツごと握りしめながら、祈る気持ちでハインドは川を視線で探った。
───何故、輸送車が爆発したのか。自分たちでもなければ、ましてやヘルシャフトが仕掛けたとも思えない。
「あんなもので死ぬ筈がない……何処かに居るはずだ…絶対に…」
「ハインド…」
「何処だ……何故あんなことが起こった…下流に流されたか…」
視線を忙しなく動かしていく最中、──ハインドの息が止まった。
木っ端みじんに砕かれた橋の残骸が岸辺の隆起に引っ掛かり、水面へおが屑の絨毯から何かが塗れて浮かんでいた。
───所々焼け焦げてはいるが禍々しい鋭い爪を持つ、赤毛の毛並みの大きな左手だった。
左手は肘までしかなく、その引きちぎられたような断面が水面にたゆたっている。
「……そんな、…そんな馬鹿な……」
「ハインド、出血が酷い。まずは手当をしないと君が危ない」
「馬鹿な…!!奴は死にはしない…!俺が、俺がこの手で殺すまで許さない…!」
辺りを見回しても「残り」が見当たらない。
ハインドに耐えきれないほどの絶望が襲い、意識が遠のくのを止めることが出来なかった。
───その頃、対岸では矢張り爆発の被害を受けたアスラが満身創痍で居た。
輸送車に乗り込んでいた他の者たちは恐らく助かっていないだろう。
だがグーラが閉じ込められていた後部は頑丈で厚い鉄製の檻のようなものだ。
もしかしたらまだ何処かで息をしているのではと負傷した左肩に手を当てながら捜索する。
「一体何が起こったと言うんだ、クソ…」
あのガキ共の仕業か?いや、自らをも危険に晒すような仕掛けを用意するとは思えない。
時折意識が激痛に揺らぎ、持っていかれそうになるのに舌打ちをした。
「不味いな…グーラ、何処に居る」
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グーラはアスラが居る地点よりもずっと下流まで流されていた。
失った左腕からは血を溢れさせ、拘束具の殆どが消し炭となってしまい、化け物と恐れられたグーラでも満身創痍の状態であった。
唸り声を漏らしているが完全に意識が落としてしまっている。
そんな巨体に群がる黒衣の者たちが何人も居た。
皆顔まで目深にフードを被り、その表情や顔立ちなどは一切解らない。
抵抗する力のないグーラはそうして、傍に留められていた車へと担ぎ込まれていった───
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輸送車が何者かの襲撃にあったと報道があったのはその夜のことだった。
グーラの安否は不明だが左腕が回収されたこと、仕掛けられた爆弾の火薬量から見ても生存は絶望的と見られた。
ハインドはジェイクに連れられ、ライオットシティ病院へ緊急入院。
彼の意識がはっきりと戻ったのは、それから4日経ってからのことだったという───
To be continued 4rd season...